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保険会社GEICO(ガイコ)について
さて、事業の内在価値が、どのように帳簿に記載された価格を遥かに上回るのか、みなさんが理解する上で役立つ話をしましょう。この話をすると、いくつか私の良い思い出を追体験することになるはずです。
60年前、私はGEICOと出会いました。それは、私の運命を大きく方向づけるものでした。私は、当時20歳で、コロンビア大学の大学院生でした。私のヒーローであるベン・グレアムが投資について週に1度教えていたため、コロンビア大学へ通うことを決めたのです。
ある日、私は図書館でベン・グレアムに関する資料を調べていると、彼が政府公務員の保険会社(現在、GEICOと呼ばれている)の会長であることが分かりました。
私は、保険について何も知らなかったので、この会社のことは一度も聞いたことがありませんでした。しかし、図書館の司書が保険業界について書かれた書籍コーナーへ案内してくれ、そこに書かれたGEICOに関する記述を読んで、私はこの会社を訪問すると決めました。次の土曜日、私はワシントン行きの早朝の電車に乗りました。
悲しいかな、私がGEICOの本社に到着したとき、扉はしまっていました。私は管理人が現れるまで、一心不乱にドアをノックし続けました。ついに出てきた管理人に、オフィスには誰か私と話すことができような人物がいるかどうか尋ねました。そして、彼は、オフィスにいる唯一の人物であるロリマー・デビットソンを紹介してくれました。
私にとって、これはラッキーなことでした。
それから4時間にわたって、“デイビー”は私に保険とGEICOについて、詳しく説明してくれました。これは、素晴らしい友情の始まりでした。
その後すぐ、私はコロンビアを卒業して、オマハで株式のセールスマンになったのですが、GEICOは、もちろん、私の第一の推奨銘柄でした。
そのおかげで私は本当に多くの顧客に利益をもたらすことが出来て、株式のセールスマンとして順調なスタートを切ることができたのです。
デイビーに会ったすぐ後、私は9800ドルの投資ポートフォリオの75%をGEICOに投資したため、GEICOは私の自己資本の成長という意味でも貢献してくれました。
(自己資金の75%もの集中投資を行ってもなお、私は、分散しすぎたと反省したものです。)
その後、デイビーはGEICOのCEOになりました。彼が引退して数年後の1970年代の中頃にトラブルに巻き込まれるまで、デイビーは、この会社の株価を夢にも見なかったような高値まで上昇させました。
デイビーが去った数年後、1970年代の中頃のトラブルによって、GEICOの株価は95%以上落ち込みました。その際、バークシャーは市場で3分の1の株式を取得し、その後GEICOは自社株買いを行ったため、数年後バークシャーの持株比率は50%にまで上昇しました。
(我々は、これだけの大きいポジションを持っていたにも関わらず、事業には口出ししませんでした)
その後、我々は1996年の初めにGEICOの株式の残り50%を取得しました。95歳のデイビーは、「最愛のGEICOが永久にバークシャーの一員であり続けることに満足している。」というビデオメッセージを贈ってくれました。
(彼は、おどけて「ウォーレン、次回は、ちゃんとアポイントを事前にとるように」といって締めくくったものです)
この60年間、多くのことがGEICOで起こりましたが、事業の中心となる目的、つまり、アメリカ人が自動車保険に加入する際にかなり金額の節約になること、は変化していません。
この目標に集中することにより、GEICOは8.8%のシェアを握る全米の3番目の自動車保険会社に成長することが出来ました。
トニー・ナイスリーが1993年にGEICOのCEOを引き継いだとき、そのシェアは10年間にわたって2%代にとどまっていました。GEICOはトニーの下で、保険引き受け基準を維持し、経費を低く抑えることを同時に行うことという一貫した成長の活路を見出し、違う会社へと変貌を遂げました。
トニーの業績を数値化して、見てみましょう。
1996年に我々がGEICOの残りの50%の株式を取得するのに費やした金額は、およそ23億ドルです。その価格は、つまり、会社の100%を買収した場合なら46億ドルです。その時、GEICOは19億ドルの自己資本を持っていました。
帳簿計上されない価値は、自己資本の超過額である27億ドルです。
我々はGEICOの“のれん”にそれだけの価値があると見積もりました。
その、“のれん”は、その時、GEICOと取引していた保険契約者の経済的価値を表しています。
1995年に、GEICOの顧客は28億ドルの保険料を会社に払いました。その結果、我々はGEICOの顧客を、彼らが会社に毎年払っていたものの97%と評価していました。業界標準に照らしてみれば、これは非常に高い価格でした。
しかし、GEICOは普通の保険会社ではありませんでした。コストを低く抑えていたため、保険契約者には一貫して利益をもたらすことが出来ていましたので、顧客は会社に対して信頼をおいてくれていました。
今日、受取保険料は143億ドルになり、成長し続けています。
それでも、我々はGEICOの真の価値がどれだけ増加しても、帳簿に記載されたのれんの金額はわずか14億ドルだけです。(会計規則上は、経済価値が減少する場合には好意の繰越価値を計上しますが、経済価値が増加する場合には、そのまま変わりません)
我々が1996年のGEICO取得の際に用いた物差しを使うと、現在のGEICOの“のれん”の実際の価値はおよそ140億ドルになります。そして、この価値は今から10、20年と経過するにつれて、はるかに高くなっていくことでしょう。
それほど小さくない脚注を加えます。
トニーの下で、GEICOは国内最大の個人向け保険代理店を育成しました。
それは主として、GEICOの自動車保険顧客に住宅保険を販売します。このビジネスでは、我々は他の保険会社の代理人をしています。彼らが保険会社としてのリスクをとって、我々は顧客に販売します。
昨年、我々はこの代理店の活動で769,898口の新しい保険を販売し、これは前年に比べて34%の増加となりました。この活動が我々にとって利益となるのは、それが手数料収入を生み出すということです。
また、同じように重要なのは、それが保険契約者との関係を強化し、それを維持するのを助けるという事実です。
私はトニーとデイビーに(そして、考えてみれば、その管理人にも)大きな借りがあります。
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